「和」を以て先送りとなす!

 メカトロで世界に貢献。 長崎県諫早出身の創業社長が、チョットおかしな世を嘆き、自らの持論を展開.

2011年01月

弟家族(1)5

ブラジル生まれの36歳の甥が、日本の叔父である私に会いに来た。

彼の研究所で使用する機器を日本の大手金属会社から買付け、
検収に来たついでに休暇を取り、父親のルーツである、会津にいる
我々のところまで足を伸ばしたそうだ。

彼の来日は父(私の弟)からの連絡では初めてであるとのことだ。
ブラジルの国営公社の研究所員で、物資に関する学位を持っている・・・・

弟は、高校卒業と同時に、単身で農業移民としてブラジルに渡った。
私が、浪人して大学の入試の結果を待つ間に、横浜出港のサクラ丸に
乗った弟を見送った。

最初は、日系の農協の紹介で、会員である農場主が身元引受人となって
その農場で、5年近く勤めて、現地で農業をする技術を学んだ。
同僚の日系人はノイロ-ゼとなって、どこかにいってしまったそうだ。

弟が、独立したいとの希望で、農場主に暇乞いをして、日本にいる父親
から、資金を提供してもらい日系の友人と共同で、事業を起こした。
その友人のミスで、事業に失敗、資金は無くなったが、かろうじて店の
場所を確保して、花屋を開いた。

日本の父親は、その資金も提供した。
両親の生活費と末弟の学資になる金である。
当時、末弟はブラジルの兄は、自分の学資を使ってしまったと恨んだ。

花屋は繁盛し、お得意さんの紹介でお嫁さんをもらった。
しばらくして甥が誕生した。今から35年前である。
生活も良くなり、長女、次女と生まれ、家族が5人となりそして念願の
家も持った。

努力家の弟は、花売りに飽き足らず念願の花卉の生産を始めようと、
100km以上も離れた山奥に農場を買った。

農業の専門知識を持つ父親の日本からのアドバイスと、天性のアイデア
とで、花やら、庭木(いわゆる生垣になる観賞用の低木)などを、市場に
出し、事業は少しずつ上向き始めた。

甥は、休日になると、父親と一緒に農場に寝泊りして作業を手伝った。
サンパウロの市場までは、大型トラックに花卉類を満載して、往復する
日々が、続いた。

そこそこ繁盛していた花屋は、友人に預けたまま、農場経営に全力を
投入しているうちに、その名義を、その友人にとられてしまった。

弟家族(2)へ続く

寒い!5

言い訳になるが、余り寒すぎてブログを書く気になれない。

この1週間で1日だけ晴れたが、毎日20cm位の積雪がある。
会社の空き地は、除いた雪が山になっていて、そろそろ限界になる。
おまけに朝晩は、-6~-7℃の寒さだ。

昔は、こんな寒さと積雪は、物ともせず、外で遊んだものだ。

昨年の9月、ごたぶんにもれずエコポイントにつられて12年間愛用したCRVをSAIに乗り換えた。

車高が低いから、車庫出し時、除雪する必要に迫られるので、雪の降る前に、散水融雪工事を頼んだ。
工事を終わって翌日に30cmの積雪があったが、きれいに融けていて最高だ!

今年もこのようなベストなタイミングに、色々やれればいい年になるであろう・・・

成人の日の特別番組で、IPS細胞の山中先生の若者に対するメッセージを放映していた。
いわく。

目標をもて・ 継続しろ・ 徹底的に働けとのことであるが、その成果が今の先生の姿であられる。

大変良いメッセージであったと思う。
見ていた、若者がいただろうか?

賢い若者は、自分を社会人として確立するとは、どのようなことをすればよいか、色々悩むものである。

ヒントがある。
経済産業省が出した「社会人基礎力の能力要素」というものである。

A4、1ページであるが、じっくり読んで行動すれば、将来人生の成功者になれると私は断言する。

難しいことではないので、自分の物にそしゃくして実践してみてください。

「  」内をコピーしてグーグルで検索すれば、直ぐに見られます。

ちなみに私は経済産業省の回し者ではないことを断っておきます!

自己紹介(2)5


明けましておめでとうござます。
さて、自己紹介の続きをしよう。

fukei1
会津に来て6年目に会社を作った。
2年間食えなかった。


見かねた友人の伝手で、地元にある水道設計会社の嘱託で、仕事を6年間させてもらった。


仕事を廻してくれた社長には、感謝して余りあるが、長すぎたの思いが募り、暇乞いをした。

仕事の内容がわかり易いようにメカテック(本社>>)と社名変更した。

flower2
登記終了して営業に行った先が、大手の技術者派遣会社であったが、勢いがあって仕事はいくらでも廻せるといってた。

二日目、地元の鋳造会社に、外注設計という売り込みで、担当者に会わせてもらった。

ちょうど、機械設計者を探したとのこと、その日の内に仕事が来た。


以来、今まで二十数年間、お付き合いさせていただいる。

その頃、この会津の地もバブル景気真っ只中であったが、今にしてみれば、一瞬の内にすぎ去ろうとしていたバブルの風の尻尾にようやくしがみ付けたという思いがする。

以上簡単な自己紹介と、起業のいきさつを、紹介したことになるが、めでたい正月なので、雪の中の正月風景を付け加えた。

1枚目は、自宅から西を眺めた風景、晴れていれば飯豊連峰が輝く。
2枚目は、一昨年もらったシンビジュ-ムが今年も開花した様子。

外は真っ白な積雪。

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